「彼氏と彼女とクワガタ」
登場人物
- クワガタ/鍬之心 ♂♀: 山から街にやってきたクワガタ・ハードボイルドな感じ?
- A ♂: 彼氏・虫が好き・子供っぽいところがある
- B ♀: 彼女・虫が嫌い・男っぽい口調(自分のやりやすいように変えてください)
注意
- 「」なし: クワガタのセリフ
- []: フリガナ
- (): 状況の説明、読まなくてOK
- 口調は適当に変更してください
本文
(初夏の日の夕方、スーパーの入り口の前)
気がつくと俺は、とてつもなく明るい場所にいた。
その光は山で見た月の何十倍もまぶしくて、しかも俺の上を自分の何百倍もの大きさのイキモノが通っている。
そいつらに踏み潰されないようにあたりを見回すと、俺が育った山とは全く別世界だった。
まず、木がほとんど生えていないし、地面も俺の知っている土や草じゃない。
なんだか固くて、昼間の太陽の熱が残っているのか、生温かい。
空気のにおいさえも俺が知らないものだった。
ほこりっぽくて、息がしづらい。
とにかく、木が生えていない以上、俺はここでは生きていけない。
しかも、このままここにいたら、いつこの巨大なイキモノに殺されるかわからない―
A「見て!クワガタだよ!」
B「(少し遠くから)えっ、なんて?」
A「クワガタだよ!見てよ、こいつ!」
B「(近寄ってきて)はぁ、しょうがないなあ……うわっ!ゴキブリ?!」
A「違うよ、ク・ワ・ガ・タ!すごいよ、どこから来たのかなあ、こいつ…」
(Aがクワガタを持ち上げて、自分の手に乗せる)
巨大なイキモノは、俺をつまみあげて自分の体の先端に乗せた。
イキモノの体はしっとりしていて、嗅ぎ慣れない[カギナレナイ]分泌物[ブンピツブツ]のにおいがした。
B「多分、近くの山から飛んできたんじゃないの?…とにかく、買い物も済んだことだし、そんな虫なんかほっといてさっさと帰ろうよ」
A「ええー…… ねえ、こいつ持って帰っていい?」
B「は?!虫を?家に?持って帰る?! …いやいやいやいや、無理!きみ、わたしが虫嫌いなの知ってるよね?!絶対イヤ!!」
A「でも見てよこいつ、すごい綺麗だよ。俺、こんな立派なクワガタ初めて見たんだ。ねえ、お願い!」
B「無理!虫と同居生活とか絶対に無理!!」
イキモノは、もう一体のイキモノに話しかけているようだ。
こっちの方は最初のイキモノより小さくて、やたらと騒がしい。
A「そんなこと言わないでよ… ねえ、頼むよ、お願い」
B「…… あーもう!わかったよ!好きにしな!」
A「やったあ!じゃあ早速こいつに名前をつけないとな。何がいい?」
B「知らないよ…」
A「そっけないなあ。じゃあ、『鍬之助[クワノスケ]』とか『鍬之心[クワノシン]』はどう?」
B「あっ、鍬之心いいじゃん。かっこいいかっこいい」
A「わかった!よーし、おうちに行くぞ、鍬之心!」
(AとBは駐車場の車に向かって歩く)
なんだかよくわからないが、二体のイキモノは移動し始めた。
どこに向かっているんだろうか。樹液があるところだといいんだが…
しかし、このイキモノの上はやたらと揺れる、しっかりつかまっていよう。
A「ねえ、俺、鍬之心にすげえがっちりホールドされてるんだけど…」
B「どうやって運転するんだよ…」
A「まあ大丈夫、なんとかするさ!」
(車を運転して、家に向かう)
イキモノ達は、見知らぬモノの中に入った。
すると、そのモノはうなりを上げて動き始めた。
木の中と違って、どういうわけかこの中からは外が見える。
景色が、俺が飛ぶときよりもはるかに高速で過ぎていく。
(家の駐車場に車を停める)
やがて、モノのうなり声は小さくなって静止した。
(家の中に入る)
俺はイキモノ達と一緒にそれから出て、今度はまた別のモノの中に入った。
今度のモノは、さっき動いていたモノよりもずっと大きい。
こっちは動かないらしい。
夜なのに、この大きいモノの中はなぜか明るい。
俺がイキモノ達に出会った場所よりは暗いが、それでも山の中に比べたら強い光だ。
いきなり明るくなったり暗くなったりしたので、少し目眩[メマイ]がしてきた。
A「さて、鍬之心の家を用意しないとな!」
B「うちに虫かごなんてないけど」
A「俺が作るよ!」
(ダンボールを解体して鍬之心の家を作る)
A「できた!見て見て!」
B「おお、すごいじゃん。余ったダンボールも処分できたし、いいね!」
A「鍬之心、おうちだよー」
(Aが鍬之心をダンボールの中に入れる)
大きい方のイキモノが、俺を乗せていた体の先端を使って、モノをいくつか動かしていた。
しばらくぼうっとしていると、イキモノが俺をつまんで、そのうちの一つの中に入るようにうながした。
モノに触れてみると、見覚えのあるものだった。
毎日ではないが、山を飛び回っていると、たまにコレと同じ素材のモノに出くわすことがある。
これが俺の新しい住処[スミカ]なんだろうか?
B「てか、エサはどうすんの?」
A「ああ!クワガタって何食べるんだっけ…」
B「まあわたしはノータッチだから、あっちの部屋で作業してるわ」
A「ふむふむ… えーと、『カブトムシと同じで、昆虫ゼリーやバナナ、リンゴがいいです』… ねえよ!バナナもリンゴもねえよ!あー、さっきスーパーで買ってくればよかったなあ… (もう少し調べる) …おっ!」
(ダンボールの中にエサを入れる)
緊張がほぐれて少しうとうとしていたところ、またイキモノがやってきた。
俺の住処に何かを入れた。甘くて、いいにおいがする。
食料だろうか。
B「エサあった?」
A「あったあった、見てみ」
B「なにこれ、ジャム?」
A「そうそう、ブルーベリージャム。バナナもリンゴも昆虫ゼリーもなかったんだけど、ジャムも食べられるらしいよ」
B「これ、買ってからしばらく使ってないやつじゃん…大丈夫?」
A「ジャムは保存食だし、大丈夫っしょ!」
B「ふーん… まあいいや、そろそろ寝るわ」
A「よし、じゃあ寝る準備するか」
B「おっけー。…ねえ、まさかとは思うけど、鍬之心と一緒に寝る気じゃないよね…?」
A「えっ、だめなの?!」
B「だめに決まってんじゃん!どうすんの、寝てる間にブーンって飛んできて、顔の上とかに止まったら?ホラーだよ!ホラー!絶対いやだからね!」
A「ええー、大丈夫だよ」
B「無理」
A「無理じゃないよ、ほら見て、鍬之心こんなに大人しいよ!」
B「いや無理。寝室に鍬之心いるならわたしリビングで寝る」
A「さみしい…」
B「知らん、おやすみ」
A「おやすみ… 鍬之心もおやすみ!」
(部屋の明かりが消える)
イキモノ達が俺に向けて音を発しているようだ。
そして、またいきなり明度が変わって、今度はほぼ真っ暗になった。
つくづく、イキモノ達の使うモノは不思議で仕方がない…
(翌朝)
A「おはよう、仕事いってきまーす」
B「(眠そうに)はーい…」
寝てる間に、俺の住処が移動されていたようで、景色が夜見たものと変わっていた。
あたりがやたら静かだが、イキモノ達はまだ寝ているんだろうか?
食料はまだあるし、少し外の様子を見てみよう。
(鍬之心が部屋の中を飛び回る)
B「さーて、そろそろ起きるか… ああ、もうあいつ仕事行ってるのか。ふぁ~… (鍬之心が飛んでるのを見る) あああ?!!」
飛び回っていたら、小さい方のイキモノがいきなり大きな音を出した。
大きい方のイキモノはいないようだ。
B「何あれ、なんかめっちゃでかい虫いる!!なんで?!窓閉めてたよね?えってか、キモ!でか!何の虫だよあれ!いや無理無理!誰か助けて!!!」
B「…ん?よく見たらあれ鍬之心じゃん、ハサミあるわ」
B「でもやっぱ無理!クワガタ飛ぶなんて聞いてないよ?!クソッ、なんであいつフタして出ていかないんだよ!帰ってきたらシメる!」
イキモノの様子を見ようと、近寄ってみた。
が、近寄れば近寄るほど、イキモノの音が大きくなる。騒がしい。
B「…ふー、とりあえず落ち着こう。パソコン持ってファミレス行くのはめんどくさいし、とりあえず寝室に移動しよう。ああああ、なんかめっちゃこっち寄ってきてる…頼むから飛ぶなよ…」
(パソコン、電源など荷物をまとめる)
B「よし、荷物はまとめたぞ…あとは寝室に移動するだけ…こっち来るなよ、鍬之心…」
(寝室に移動する)
B「はあ、やっと落ち着いた…こりゃあトイレに行くだけでも冒険だなあ…ったく、なんで虫とわたしを二人きりにしてくんだよ!」
イキモノは移動して、俺の視界から消えた。
やっと静かになった。
しばらく飛び回ったら疲れたので、俺は住処に戻った。甘い食料を吸って、体を休めようと眠りについた。
(夕方)
A「ただいまー!」
B「てめえええ!朝起きたら鍬之心が飛び回ってたよ!めっちゃ怖かったんですけど!!」
A「ああ、ごめんごめん。でも特に何もされなかったでしょ?」
B「いやされなかったけどさあ!寝起きででかいゴキブリみたいなもんが家の中にいるんだよ?心臓に悪いわ!」
A「よしよし… じゃあ、とりあえず虫かご買いにいくかあ」
B「んー、そこまでするくらいなら放してあげた方が良くない?鍬之心も、プラスチックの箱に閉じ込められるより、自然の中で暮らした方が幸せだと思うよ」
A「確かになあ… そろそろ陽も落ちてきて涼しいし、鍬之心帰しにいこっか」
B「うん、そうしよう」
(Aが鍬之心を手に乗せて車に向かう)
イキモノが俺の体をつまみあげた。
またどこか別のところに行くのだろうか。
二体は、外が見えるあの不思議なモノの中に入り、移動を始めた。
(車で移動を始める)
A「ていうか、どこに行けばいいの?」
B「あー…近所のあの大きい公園で良くない?」
A「でも、クワガタだから、クヌギとかコナラとかあった方がいいかなあって思うんだよね」
B「なるほど。ちょっと調べてみるわ。(調べる)えっと、西の方にある、前行った山わかる?あそこだとクワガタ採れるらしいから、そこ行こうよ」
A「おおー、了解」
(車で山に向かう)
ずいぶんと長い間移動している。どこに向かっているんだろう。
(山に入る)
景色がだんだん変わっていき、木が増えてきた。山に戻れるのだろうか…。木や土が増えるにつれ、俺の胸も心なしか高鳴っているようだ。
(山の奥に入っていく)
空気のにおいが変わってきた。
あの妙な分泌物も、ほこりっぽさもない。
―ああ、息がしやすい。
(車が山の頂上の駐車場に止まる)
うなりが止んだ。
俺はイキモノ達に連れられて、外に出た。
もしかして…
(車から降りて、林の方に向かう)
A「いやあ、寂しくなるなあ」
B「まあ、なんだかんだ言ってかわいかったかも」
俺の山だ…!イキモノ達は、どうやってか、俺のいた山を探し当てて、俺を連れてきてくれらしい。
土も、草も、木もある。食料がある。仲間の声が聞こえる。
身体が勝手に動いて、羽が震える。
イキモノから飛び立って、俺は、俺の山に向かって羽ばたいた。
A「うう、鍬之心…」
B「山で幸せに暮らせよ!」
A「またなー!」
不思議なこともあるものだ。
END